なぜ、ケイスケヨシダはもがき続けるのか? -第1話- / U-29クリエイターズファイル

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新連載企画「U-29クリエイターズファイル」

各方面において自身のクリエイションを発信する20代の若きクリエイター達を紹介する企画。

今後、日本のファッション業界を担う存在でもある彼らは、何に影響を受け、これからどんな未来を見据えているのか。その真相に迫る企画。

第1回目は、現在25歳(1991年生まれ)でKEISUKEYOSHIDA(ケイスケヨシダ)のデザイナーである吉田圭佑に話を伺った。
 

KEISUKEYOSHIDA(ケイスケヨシダ)
2015年ブランド設立。コンセプトは「明るいのか暗いのかわからない青春の空気と、そこにいる彼らの装い」。若手デザイナーを集めたプロジェクト“東京ニューエイジ”に参加し、2015年秋冬シーズンよりランウェイ形式でコレクションを発表。2016年春夏コレクションで発表したファーストルックが“ゲーマー風ルック”と呼ばれ、世間から大きな反響を呼ぶ。2017年春夏コレクションでは、ブランド初となるレディースのみでのショーを開催。

きっかけは“イケてる奴”になりたい。“自分で服を買って着る楽しさ”を見出す。

僕は、一人っ子で学校は付属校出身なので、小学校から大学までずっと立教に通っていました。子供の頃は至って普通の子でしたよ。

ファッションに興味を持ったのは、中学2年生の時です。“イケてる奴”になりたくて(笑)。

そう思ったのは、まだ学校に誰もお洒落な人がいなかったんですよ。

それに、僕は勉強も運動もできなかったので、どうしたらイケてる奴になれるかって考えたら「ファッションだ!お洒落になればイケてる奴になれる!」って思ったんです。

それからは、ひたすら地元の本屋とかでファッション雑誌を読んでいましたし、ちょうど同じ時期くらいから自分で服を買い始めて、とにかく自分でお洒落だと思った服はジャンル問わず色々着ていました。

当時は、その“自分で服を買って着る楽しさ”みたいなのが凄く楽しかったですね。
 

ラフ・シモンズに影響されてから、デザイナー以外の選択肢はなかった。

デザイナーを目指すきっかけは、たしか高校1年生の時に雑誌のメンズノンノで見たRAF SIMONS(ラフシモンズ)の特集ページです。

男の子達が火の周りでラフシモンズの服を着ている6ページくらいの特集がとにかくカッコよくて衝撃的でしたね。

そこで、いわゆるファッションショーという写真を初めて見たんですけど、“ファッションが生まれる瞬間”みたいなものがそこに詰まっていて、モードへの憧れがより一層強くなったのを覚えています。

それからの高校生活は、YouTubeでひたすらファッションショーの動画を見ていましたね。

ショーの最後に出てくるデザイナーさんがロックスターみたいで凄くカッコよくて、そこへの憧れも強かったですし、あと単純に「あんな風に目立ちたい!」っていうのもありました(笑)。

当時の僕の考えで言えば「一番カッコいいのはデザイナーだな」って思っていたので、その時からデザイナーになること以外考えていなかったですね。
 

本当はアントワープに進学したかった。本格的な服作りは“ここのがっこう”から。

高校卒業後は、ファッションをちゃんと学びたかったので専門学校に進学して、その後ベルギーのアントワープ王立芸術アカデミーに進学するという夢を描いていたんですけど、

内部生ということもあり親の反対もあってそのまま大学に進学しました。

でも、そこで服を学ぶことができない分、ファッションサークルに入ったりセミナーにも行ったり色々と活動はしていて、その頃にwrittenafterwards(リトゥンアフターワーズ)のデザイナーでもある山縣さんにも出会って、

山縣さんが主宰する“ここのがっこう”の存在も知りました。

ここのがっこうにはすぐに入りたかったんですけど、大学も忙しかったので落ち着いてきた3年生の後期から入って約2年間学びました。そこが僕にとって本格的なファッションデザインが始まった時期ですね。

その後、大学を卒業して1年間は衣装の現場でインターンとかしていて、その翌年に“エスモードジャポン”のAMI(アミ)というクラスに入学しました。

そこで、今のKEISUKEYOSHIDA(ケイスケヨシダ)をスタートさせると同時に、2015年秋冬のデビューコレクションの制作に取り掛かりました。

なぜ、ケイスケヨシダはもがき続けるのか? -第2話-

なぜ、ケイスケヨシダはもがき続けるのか? -最終話-

 

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