【21Questions】TOKYO BOPPERデザイナー、F・CHUJO&H・CHUJOに聞いた36年間の思いとは

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今回は、シューズデザイナー、F・CHUJOさん&H・CHUJOさんへ聞いた21の質問をご紹介。
1994年に原宿に出現し、今や日本だけでなく、海外からの来客も絶えない原宿を代表するシューズブランド、「TOKYO BOPPER」への思いを語る。

 

Q 1.まずは、お二人のご紹介をお願いいたします。

 

A、F・CHUJO & H・CHUJO
公私共パートナーです。

Q 2.お二人で二人三脚で「TOKYO BOPPER」のデザイナーとして、長年活躍しておりますね。
今や海外でも広く知れ渡っていられるシューズブランドですが、改めて「TOKYO BOPPER」について教えてください。

 

A、自分たちの靴を、自分たちで売りたかったから。
ブランドの変遷はあります。
直営店であるTOKYO BOPPERの認知度が大きくなり、ブランドにしました。
ブランドは記号なので、わかりやすい方がいい。

Q 3.今の【TOKYO BOPPER】になる前、つまり原宿に1994年にショップをオープンする前についてお聞かせください。

 

A、独立は1982年です。8月で36年目に入ります。TOKYO BOPPERオープンまでは、ほぼ二人でやってました。DCブランドブームで、独立系靴ブランドが出始めた時代です。オリジナルを作り、取り扱い店を開拓、置いてもらう形でスタートしました。デザインや販売企画と同時に、工場の管理と売り場の開拓。若く未熟な上にSNSも無い時代…ハードでしたが、楽しかった。良き理解者や協力者との出会いや、若くて夢も体力もあったので、突っ走れました。今思えば、BOPオープンまでの12年間は財産です。お金を払っても教えて貰えない、知りえない、そんな日々の連続でした。もちろん苦しかったり、悔しかった事の方が多かったのですが。そのおかげで、課題や問題をクリアする為に必要な、タフでしつこい精神の二人に育てられました。

 

 

Q 4.ブランドを築き上げてきた中で、苦労した思い出エピソードを教えてください。またどのように乗り切りましたか?

 

A、工場で作って貰う為の実績を作る事。数の論理に阻まれて、幾度となくやりたい事を諦めた時。人と違う事をやり続けるために、多くを捨てなければいけなかった事。ただひたすら、どうすればできない事が出来るか、考え続けた。

Q 5.オリジナルのシューズのデザインへのこだわりについて教えてください。

 

A、「独創的」「革新的」であること。
「Made in Japan」である事。

 

 

Q 6.年齢や国籍に問わず、様々な方がお店に訪れると思いますが、特に多い層を教えてください。

 

A、国や時代や経済状態によって、微妙に変わります。日本では10代後半~30代後半でしょうか。「これがないと、自分のスタイルが完成しない…」という層に支えられている。

Q 7.新作デザイン展開は、どのくらいの頻度で考えていますか?

 

A、決まっていませんし、サイクルで作ることもしません。ただ、トレンドの太極は常に見据えています。BOPPERが作るべきものが無い時は、あきらめて作りません。選ばれて、買っていただけるものは、できるだけ続けます。

Q 8.ショップをオープンするにあたって、原宿を選んだ理由を教えてください。

 

A、原宿は私たちにとって「原点」で、全てここから始まっているので。

Q 9.またお二人にとって「原宿」とは?

 

A、我々にとって原宿は世界に向かってホームであり、お客様に向かっては聖地です。

Q 10.真っ白に統一されたショップはとても印象的ですよね。デザインのこだわりについて教えてください。

 

A、店も色々と変遷はありました。オープン当初は、自分たちの手で理想の店を作りました。
でも、スタジオと間違えられたりして…。あまり外に向って、welcomeな店のデザインではなかった様です。その時々、商品に合う空間に何度か変えました。今の白い内装になってからは、15年位になります。今は、ここにある商品が店の空気を作り上げるので、変えていません。

 

Q 11.ショップでは、ステキなスタッフの皆さんが愛情を持って接しておられますね。

どういったことを彼らに求めていますか?

 

A、原宿で一番おしゃれで・礼儀正しく親切で・靴が大好きである事。靴と一緒に、目に見えない何かを提供できる事を、お願いします。それ以外は、特に教育するとかいう意識はありません。人は育てるものではなく、育つものだと教えられて、育つ環境を整えることは大切だと思います。自分たちにそれが出来ているかどうかは、解りません。

Q 12.普段は店頭に立つことはございますか?

 

A、ありません。商品に思い入れがあるので、押し付けがましくなります。最前線はスタッフに任せて、離れて店やお客様を見ています。

Q 13.1994年にオープンされましたが、この時代のファッションをどのように見ておられましたか?

 

A、大きな変化の節目で、インディーズやストリートファッションが台頭し始めていました。深刻な事件や災害が続きましたが、原宿の若者たちのファッションに対する熱量は高かった。何かを表現したいというエネルギーに満ちていたように思います。

 

 

Q 14.現在のファッションスタイルについて、どのように思いますか?

 

A、気になるスタイルは特にありません。そこに至る精神性はとても気になる。

Q 15.また現在の日本や世界のファッションをどう思いますか?

 

A、日本のファッションは、「民族性」や「サブカルチャー」という独特の表現で、世界とは違う特異性もあるけれど、先進国として、ファッションに対する意識の成熟は確実に進んでいると思う。日本や世界に、成熟したファッションの、対極の存在が現れるかどうか興味がある。

Q 16.常にファッションや新しい事を吸収し、日々生まれ変わり続ける原宿の街ですが、20年以上に渡って環境的にも変わったなと思う部分はどこでしょうか?

 

A、特に形のあるものの変化は、めまぐるしいけれど、それも含めて原宿です。世界中の街がそうであるように、経済原理で変わるものはあっても、原宿に居る資格みたいなそんなスピリットはまだまだみんな持ってる。それを変えない為に、変わっているというのが正しい。

Q 17.アジアのファッション界においての市場について教えてください。

 

A、かつての日本のように、ファッション業界も人も、それに対する熱量が凄いです。
勢いを感じます。

Q 18.東京や世界のコレクションなどにも注目していますか?特に注目しているブランドやデザイナーはいらっしゃいますか?

 

A、特にいません。知らないだけかも。
振り切っている人やブランドにはとても興味があります。

 

Q 19.現在も革新的なデザイナーたちが続々と進出していますが、デザイナーとして食べていくことや実店舗を持つということはとても簡単なことではないですよね。
今後、そういったことを考えている方々へのアドバイスを頂けますでしょうか?

 

A、時代や価値観が違うので、参考になるかどうか…

まずは存在や商品を知って貰う。SNSのある今は…やり方次第でクリアーできます。すごくフェアーでラッキーで、みんなにチャンスはある時代。

自分の店を持つ事は、目標の一つにすべき。固定経費や立地に関しては、SNSを使えばハードルは低い。実店舗を持ち、創り、販売するという事が、発見や成長につながる。

結果やお金をすぐに求めない。自分たちの存在の意味、フィロソフィーを持つ。何を創りたいか、常に意識して考えるのを止めない。情報に振り回されて、戦う相手を間違えない。自分を不自由にする、何かに属さない。現場での物作りのプロ(職人・技術者)に近い環境である事。

Q 20.今後の新しいプロジェクトや何かニュースはございますか?

 

A、常に新しいものを作る作業は続けていますが、それは形になった時がニュースでしょうか。

Q 21.最後に、お二人のTOKYO BOPPERライフを通してメッセージをお願いします。

 

A、TOKYO BOPPERライフは、何よりも優先すべきものである…という事です。
前時代的かもしれないけど、そんな生き方も幸せで、まんざらではないかな。

 

 

日本のファッションの聖地、「原宿」。

休むことを知らないこの世界は常に進化し続け、常識を覆すような新しい文化を築き上げている。

その片隅に、36年に渡りF・CHUJOさんとH・CHUJOさんが自分たちの大切な人生とともに育ててきた「TOKYO BOPPER」がある。

常に、日本ファッションの先端を走り続け、多くの人に愛され続けられる訳。

その裏には、二人の幾度にも渡る試行錯誤が隠されていた。

これからも、この地と共に成長し続け、そして原宿を代表するファッションとして必要不可欠な存在であり続ける。

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